宮すけの365日宇都宮ブログ

宇都宮射撃場跡 突如現れるその姿はちょっと異様で場違いな感じ

宇都宮射撃場跡 突如現れるその姿はちょっと異様で場違いな感じ

今回は歴史的遺産でもある宇都宮射撃場跡、別名・駒生湿地だよ。

宇都宮射撃場跡

住所 : 駒生運動公園(栃木県宇都宮市鶴田町3669)に隣接
Google map

現在は国有化され、周囲にかなり高い金網のフェンスが張られているので中には入れないよ。
でも「ゴミの持ち帰りにご協力をお願いいたします」の看板はあるものの、「入るな、危険!」とか「国有地につき、立入禁止」みたいな看板はなかった。だからって入っちゃダメだよ。

この射撃場跡地の周辺には住宅街(西の宮団地)や畑、駒生運動公園があって、更に宮環から入ったところなので比較的車の通りも少なく静かな所。
そんな場所に突如現れる射撃場跡地という言葉の響きと、全周を高く盛った土塁(土塀。正確な高さは分からないけど、7~8mぐらいはありそう)や更に金網が張り巡らされた景観は、その巨大さも相まってちょっと異様な雰囲気を放ってる。

ちなみにこの射撃場跡地の大きさは約9万平方メートル!
9万平方メートルだとちょっと分かり難いけど、Google map の航空写真を見るとその大きさが良く分かるし興味深いものがあるよ。

宇都宮 射撃場跡 航空写真 by Google map
引用元 地図データ ©Google, ZENRIN

なんか前方後円墳とかの古墳みたいな感じ。
画像に写っているセキチューや明保小学校と比べるとその大きさが良く分かるけど、大きさの例えでよく出てくる東京ドームで換算すると約2個分。東京ドーム2個分だよ、大きい!
ちなみに宇都宮城址公園(3.7万m²、本丸町のお城があるあの公園)で換算すると約2.4個分。

国土地理院 航空写真 1946年3月24日 (昭和21年)、米軍撮影
引用元 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス

そして興味深いのがこちらの白黒写真。
なんとこの写真は戦後まもなくの1946年3月24日 (昭和21年)、米軍によって撮影された航空写真!こんな写真があるなんてすごーい!!!さすが国土地理院さん!
こうして現在と比較すると射撃場跡の一部が駒生運動公園(球場)や住宅地となったのが分かるね。
ちなみに上の国土地理院さんのリンク先で例えば宇都宮をズームしていけば射撃場以外のところも年代別に見られるし、宇都宮以外のところも見られるよ。(でも全てをカバーしている訳ではないよ)

ちょっと脱線するけど、国土地理院さんのホームページを見ていくと、伊能忠敬の伊能大図などの古い地図や月の地形図なんてものまで見ることができる。
国土地理院さんの地図・空中写真閲覧サービスで過去の航空地図を見たり、古地図を見てると地図に興味が無くてもおもしろと感じるはずだよ。

U.S. Army Map Service 宇都宮地図
引用元 University of Texas Libraries U.S. Army Map Service, 1945-1946

更に興味深いのがこちらの地図。
こちらはアメリカのテキサス大学図書館が所蔵する旧米国陸軍地図局(U.S. Army Map Service)が1945年ごろに作成した宇都宮の地図。
この地図を見ると中央左寄りにFIRING RANGEとして射撃場跡が描かれていて、その右手(現在の作新学院)を見ると、14th Transport Battalion(旧日本軍 輜重兵大14大隊)、18th Cavalry Regiment(騎兵第18連隊)、Powder Magazine(火薬庫)と書かれている。
そういえば、その名残りか作新学院の校門を入ってすぐのところに以前は零戦が置かれていたね。

射撃場所をズームイン
さて、こちらは一番上の画像をズームインしたもの。
画像中央にある黒い部分がこの射撃場内にある唯一の建造物で(監的壕?)、この中の土を掘り返すと当時使われていた弾丸を見つけることが以前は出来たよ。

今は入れないけど、鉄筋コンクリート製でこの建造物の脇にある坂道を登るとこの上に登ることが出来た。更にそのまま登っていくと土塁の一番上まで登ることが出来たけど、見ての通りここが一番高くなっているのでその高さに足がガクガクブルブル震えたのを思い出した!でも眺めは良かったよ。

ちなみに宇都宮市自然環境基礎調査(PDFファイル)の3ページ目左下に駒生湿地としてこの建造物の上(または土塁)からこの射撃場跡を撮影した画像があったよ。でも小さいから分かり難いかも。

宇都宮射撃場跡 (3)
上の画像から右手方向に移動して撮影。

宇都宮射撃場跡 (3)a
宮すけの記憶ではこんなに大きな木が土塁にはなかったと記憶しているけど、それだけ時間が経ったという事なのかな。

宇都宮射撃場跡 (4)
以前はジャングルみたいだったけど、この感じからすると定期的に人の手が入れられてるみたい。

宇都宮射撃場跡 (5)
射撃場跡地北側を歩いていたら道路拡幅工事が行われていたよ。
確かにここはちょっと道路が狭くなっている場所。

宇都宮射撃場跡 (6)
拡幅工事が行われているところを見上げたら土塁にU字溝が設置されていた。なんのための排水なんだろう。

宇都宮射撃場跡 (7)
射撃場西側(西の宮団地)からみた画像。全周が土塁で囲まれているのが分かるね。
ちなみにこの土塁の向こう側に上で書いたコンクリートで作られた建造物があるよ。

宇都宮射撃場跡 (8)
土塁がずっと続いてる。
以前はこの先にある駒生運動公園(球場)部分までもが射撃場の敷地だったみたいだから(Googleの衛星写真を見ると確かに敷地の形状的にもピッタリはまる)とてつもなく巨大なものだったのが良く分かるね。ちなみにこの射撃場跡地の大きさ(全長)はおおよそ450mぐらいあるみたいだよ。

宇都宮射撃場跡 (9)
ところどころ、こんな風に土塁の切れ間があって、以前はここからも入れたよ。

宇都宮射撃場跡 (10)
東南側(駒生球場側南側付近)から射撃場を眺めた画像。

以前はこの射撃場跡でラジコン大会(材木町通りにある現在のアベワークスさんが主催。当時はアベ模型だったかな)やトライアルの練習、サバイバルゲームをする人もいたけど、いつ頃から入れなくなっちゃったんだろう。宮すけもこの射撃場跡地内で友達と遊んだ事があるよ。

ところでその名の通り、ここは射撃場だったので上の画像でも書いた一番奥のコンクリートで囲われた所とかを掘り返すと実際に射撃で使われた弾丸を見つけることが出来た。宮すけもかなり前に見つけた弾丸を今も持っているよ。

射撃場で見つけた弾丸 a 射撃場で見つけた弾丸 b 射撃場で見つけた弾丸 c
宇都宮射撃場跡地で見つけた弾丸

結構きれいな状態でしょ。
いつ頃のものかは分からないけど、この射撃場跡地は元々旧日本軍第14師団の射撃場として使われていた場所みたいだから、少なく見積もっても約70年以上前に実際に射撃に使われたものなのは間違いなさそう。
状態も良いし、かなり古い物だから鑑定団とかに出したらそれなりの値が付くかな。
でもあんまり価値はないのかな。

それから宮すけの知り合いのおじいちゃんにいろいろ聞いたら、この射撃場跡地は確かに旧日本軍が射撃場として使っていたものだけど、そのおじいちゃんが子供の頃には(70年ぐらい前。だから終戦頃の話。でも記憶が曖昧だったから多少違っているかもしれない)すでにここは射撃場"跡地"だったらしくて当時から中を探すと弾丸やら薬きょうが見つかったと言っていた。
更にここはその後射撃場として使われることはなく、跡地としてそのまま放置され今に至るみたい。

*補足*
この記事にコメントを寄せてくれた方によると昭和47年ぐらいまでは陸上自衛隊が射撃訓練場として使っていたようだよ。コメント欄も見てね!

ところでいつの間にか中に入れなくなっちゃった射撃場跡地だけど、この射撃場跡地について検索していたら宇都宮市役所のホームページ内に興味深いページがあったよ。

宇都宮市 第6回 明保地区まちづくり懇談会 開催結果
(「提言2 射撃場跡地の利用について」を参照)

ここを読むとその経緯を読み取ることが出来るけど、貴重な動植物が生息していたのは知らなかったし、更に、この射撃場跡地が駒生湿地と呼ばれ環境省の「日本の重要湿地500」のひとつに認定されていて日本国内でも非常に大切な場所だったのは知らなかったよ。

でも、ちょっとだけ疑問に思ったのは、環境省のページに掲載されている画像はいかにも湿地な感じだけど、宮すけが撮影した画像やGoogleの衛星写真を見ると水気のない乾いた感じで人間の手によってきれいに整備された印象でとても湿地には見えない。梅雨時とかだけ湿地帯になるのかなぁ。

ちなみにこの射撃場跡地を所有している国は宇都宮市に売却したい模様で売却価格は1億円で確約しているんだって。この射撃場跡地のお値段、1億円也!
1億円が高いのか安いのか良く分からないけど、市が取得したって聞かないし、上の「宇都宮市 第6回 明保地区まちづくり懇談会 開催結果」を見る限り、国(財務省)としては市に売却したいけど、市としては国に管理・保全してもらいたいと要望していて買収するつもりはないみたい。双方の意見が平行線で特に進展もなくそのままになっているのが現状みたいだね。

今回はここまで。それじゃ、またね!


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この記事へのコメント

- 70歳を越えた老人 - 2014年10月06日 10:20:55

未だにこの様な土塁が残っているのですね、思い返すと50年以上前に成りますが、昭和35年~37年当時、陸上自衛隊の隊員だった私、この射撃場で実弾射撃訓練をした経験が有ります。

いまはどうなって居るのかと検索してみた所、貴ブログに出あいました、お写真を拝見すると、当時の事が思い返され、大変懐かしく感じました。

陸上自衛隊を2年で除隊した私ですが、その後10年間予備自衛官に在籍し、年に一度この射撃場で、実弾射撃訓練をした経験があるので、少なくても昭和35年~47年の間は、陸上自衛隊が射撃訓練場として使用していたと思います。
もっとも当時は、現在の西宮住宅地は無く、その付近はただの丘陵地に成っていました。

Re: タイトルなし - 宮すけ - 2014年10月06日 14:50:15

貴重なコメントありがとうございます!!
昭和47年頃まで訓練場として使われていたのは初耳でした!
という事は宮すけが見つけた弾丸もそれほど古くないものなのかもしれませんね。

- 清原人 - 2014年10月06日 22:08:44

宮すけ様はじめまして。
私もこの場所で少年時代に弾拾いをした思い出が有ります。
写真の弾丸は自衛隊のM-1カービンの弾丸ですね!
私はM-1カービンの薬莢を拾った事が有ります。
雨水の流れた跡にエメラルドグリーンに緑錆を吹いた弾が落ちていたのを懐かしく思い出します。
他にも45口径の拳銃弾がゴロゴロ出てくる場所もありました。

Re: タイトルなし - 宮すけ - 2014年10月06日 22:38:39

すごーい!!!この画像でM-1カービンの弾丸って分かるんですね!
清原人さんコメントありがとうございました!

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たまに他のことも書く予定だよ。
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